醍醐寺・桜 ~The King of Sakura


醍醐寺・霊宝館への参道は桜のトンネル

今年も桜の季節がやってきます。醍醐寺は京都でも南に位置することから、桜の開花が早いことで知られています。またソメイヨシノはもとより、ヤマザクラ、シダレザクラ、ヤエザクラと種類が豊富なのが特徴です。花を咲かせた木の大きさや枝の拡がり方を様々楽しむことができ、開花期間も3種間ほどとソメイヨシノだけの場合に比べて長めです。

豊臣秀吉の人生の最後の華となった「醍醐の花見」の舞台でもあります。400年前に名物となった桜は今も健在です。京都を代表する花見の名所です。伽藍が大きいため混雑感をあまり感じさせません。


築1,000年を超える五重塔

醍醐寺は平安時代初期の創建で、開祖の理源大師聖宝(しょうぼう)をはじめ、知名度の高い僧を多く輩出しています。天皇や将軍など時の権力者と関係を築くのが伝統的に上手です。結果的に広大な伽藍を維持し、京都最古の建築である五重塔や三宝院の書院・庭園、15件の国宝指定美術品など、その時代の超一級の膨大な文化財を今に伝えています。

応仁の乱で五重塔を除いて全焼した伽藍の復興に努めていたのが、1576(天正4)年に醍醐寺のトップになった義演(ぎえん)です。義演は秀吉や天皇からの信奉が厚く、安土桃山時代の王朝文化の至宝である三宝院書院と庭園は「醍醐の花見」に際して整備されたものです。

花見の下見に秀吉が幾度も訪れ、700本の桜が事前に植えられました。花見は江戸時代に庶民階級にも拡がりますが、そのきっかけとなったのも秀吉による「醍醐の花見」でした。

義演は家康とも懇意でした。大坂の陣後も立場が弱くなることはなく、逆に聖護院と並ぶ修験道の本山としての地位を確立します。明治の廃仏毀釈では多くの子院が廃寺に追い込まれましたが、本山や三宝院は伽藍を維持しました。また資金調達のための文化財売却を一切行わず、乗り切っています。天皇や公家とのパイプに加え財力があったからでしょう。当時の仏教寺院としてはまさに奇跡的です。


霊宝館のシダレザクラ

こうした歴史を積み重ねてきたためか、醍醐寺の桜の特徴を一言で表すと「風格」です。実に大きくて優雅です。幹が太く、枝が長く、一本の木に咲く桜の花びらのボリューム感がとてもあります。寺が長い時間をかけて大切に育ててきたことが伝わってきます。

中でも霊宝館のエリア内にあるシダレザクラは絶景です。地を這うように水平に四方に枝を延ばす姿は、まるで龍が踊っているようです。沿道から写真をとっても、大きすぎて全体が収まりません。

霊宝館の室内のガラス張りの休憩室からも、この巨大なシダレザクラを見ることができます。特別観覧席から鑑賞するVIPのような気分を味わえます。五重塔や三宝院といった美の至宝を借景とするサクラの眺めもここでしか味わえません。

植生が容易なソメイヨシノの本数ではなく、一本一本の大きさとボリューム感で勝負しています。シダレザクラの巨木は各地にありますが、ほとんどは一本だけです。醍醐寺には巨木が何本も並んでいます。秀吉や公家など限られた人しか楽しめなかった優雅な花見が、現代は誰でもできるのです。現代も花見スポットの王者は醍醐寺です。

こんなところがあったのか。
日本にも世界にも、唯一無二の「美」はたくさん。


桃山時代の京都人の視線で見た秀吉の治世

醍醐寺
https://www.daigoji.or.jp/index.html
原則休館日:なし

醍醐寺 桜情報(公式サイトが発表する開花状況)
https://www.daigoji.or.jp/index.html