崇福寺・長崎 ~日本の中華街の原点で愛される見事な中国寺院

第一峰門は国宝と知らない人でも立ち止まるほどのオーラ

 

 

崇福寺(そうふくじ)は、長崎県内で3件しかない国宝の内2件が所在する中国スタイルの寺である。1646(正保3)年建築の国宝・大雄宝殿は、中国寺院建築では日本最古の遺構であり、他にも江戸時代の建物が多く残る。長きにわたって華僑たちの信仰を集めてきた佇まいは静寂で美しい。

 

江戸時代初期に長崎の華僑が自らの菩提寺として創った「長崎三福寺」の一つである崇福寺は、主に福建省(台湾の対岸)の福州出身者たちが1629(寛永6)年に故郷から僧を迎えて創建した。故郷のスタイルで先祖供養を行い、媽祖堂(まそどう)を設けて航海の安全を祈った。

 

 

 

媽祖門、奥に媽祖堂がある

 

媽祖とは福建省など中国南部沿岸で特に信仰を集めた航海・漁業の守護神で、日本で祀られている例は長崎以外ではほとんど見られない。ちなみに日本最大の中華街である横浜に長らく媽祖を祀る堂はなかったが、2006年に新たに設けられている。

 

崇福寺は多くの人で賑わう浜市アーケードや観光通りの長崎の中心繁華街を望む山の中腹にある。江戸時代に華僑の居住区域であった「唐人屋敷」からも近い。

 

緩やかな参道の坂道を登っていくと真っ赤な重要文化財の「三門」、通称「竜宮門」が見えてくる。国内の黄檗寺院では比較的よく目にする、丸く太ったような二階建ての門だ。アニメの竜宮城でもよく目にする。日本人大工の手で1849(嘉永2)年に再建されたものだが、とても中国ムードを漂わせている。この門をくぐると、街の喧騒から離れて途端に静寂さに包まれる。

 

石段を上っていくと、より強いオーラを発する門が見えてくる。国宝・第一峰門だ。1695(元禄8)年に中国から運んだ資材で再建した二代目の門で、平屋建てで決して大きくはないが実に風格がある。まさにこの先は神聖なエリアだと言わんばかりの威厳を感じさせる。扉の内側にはコウモリと牡丹の花がデザインされている。日本にはないデザインでとても面白い。門はメンテナンスがきちんとされているのだろう、風合いもとても美しい。

 

 

 

扁額の青が建物の赤に映えて美しい

 

境内の中心にある本堂の国宝・大雄宝殿も、中国から運んだ資材で建てられたている。創建直後から350年以上にわたって信仰を集めてきた初代の本堂である。崇福寺の建築はみな「立派」で、この本堂もご多分に漏れず立派で風格がある。興福寺のどちらかと言えば優雅な大雄宝殿とは対照的だ。やれ国宝だ重文だというお上の権威付けは横に置いて、自分はどっちが好みかと、双方の個性の違いをじっくりと見比べるのも面白い。

 

華僑たちが暮らした「唐人屋敷」は、オランダ人居住区域である「出島」と同じで、密貿易を監視するために幕府によって設けられた。出島のオランダ人は出入の監視が厳しかったが、唐人屋敷は監視が緩かった。そのため華僑による崇福寺など三福寺への参拝は旺盛で、江戸時代を通じて三福寺は賑やかだったのではなかろうか。

 

唐人屋敷は、港沿いの出島からやや山側にある新地中華街の、さらに山側にあった。現在の新地中華街は江戸時代半ばに火災で失った倉庫を再建する用地として埋め立て造成されたもので、幕末の開国以降は華僑が移り住むようになり、今に至る。

 

長崎は、華僑が住んだ中華街としては横浜・神戸よりはるかに歴史がある。そんな華僑たちが愛した故郷の文化が崇福寺に今も伝えられている。

 

 

 

江戸時代には竜宮門から港が見えたかもしれない

 

 

日本にも世界にも、唯一無二の「美」はたくさんある。ぜひ会いに行こう。

 

 

DVD映像付きの分冊百科、萬福寺とともに黄檗寺の魅力が存分に楽しめる

 

 

崇福寺(長崎市鍛冶屋町)

https://www.at-nagasaki.jp/spot/96/(長崎市観光サイト)

原則休館日:なし