小浜(おばま)市は福井県の若狭地方にあり、飛鳥時代から都に向かう日本海側の玄関口としての歴史がある街です。そのため国宝・重文指定された建物や仏像を有する古刹は多く、明通寺(みょうつうじ)はその代表的なお寺です。
本堂と三重塔が国宝指定され、山あいにある境内は手入れが行き届いています。とても気持ちの良いお寺です。京都に近い若狭は、同じく京都に近い近江(滋賀県)と並んで仏教美術の宝庫です。

京都市のほぼ真北に位置する小浜は、京都と結ぶ「鯖(さば)街道」の起点としても知られています。当初は奈良や京都に塩を送る街道として開かれ、徐々に多様で豊かな日本海の海産物を送るようになっていきます。
鯖街道と言われるのは、京都で高級食材としてもてはやされた鯖が主要な荷となったためです。小浜から70km強を丸一日かけて歩き、京都に到着した時にちょうどよい塩加減になるよう鯖をしめた逸話はよく知られています。現在でも京都人は鯖寿司が大好きです。
明通寺は奈良時代に坂之上田村麻呂が創建したと伝えられていますが、平安時代までの寺の様子はよくわかっていません。ただ遺されている立派な本尊と脇侍の降三世明王(ごうざんぜみょうおう)・深沙大将(じんじゃたいしょう)は平安時代のものであり、鯖街道を通じて京都との交流はあったと考えられます。
その後、国宝の本堂と三重塔が建立された鎌倉時代から室町時代にかけては、若狭国全体で知られるような大寺院になっていました
本堂と三重塔は、寺の入口の仁王門から徐々に坂をのぼった先にあり、訪れるものの期待感を徐々に高めていきます。蔀戸に囲まれた和様建築の本堂は、800年の時間の蓄積も相まって、中世の神秘的な趣をとても美しく伝えています。檜皮葺きの屋根の美しい木目が、周囲の緑と調和する姿も絶妙です
本尊の重文・薬師如来は平安時代後期の造像で、当時流行していた浄土信仰の阿弥陀如来のような包容力を示しています。表情はとても柔和です。脇侍は小さい日光・月光菩薩が江戸時代に後補されています。
2.5mもある虚像でこちらが脇侍のように見える降三世明王(ごうざんぜみょうおう)と深沙大将(じんじゃたいしょう)は本尊と当初から並置されていたと考えられています。いずれも重文の降三世明王と深沙大将はとても迫力があります。いかにも密教的な神秘性を醸し出しています。
平安時代後期の京都の貴族の間では、降三世明王を含む五大明王を寺に納めることが流行していました。若狭や近江では、五体は無理だが一体だけでも巨像がほしいと考えられていた可能性が指摘されています。ここ妙通寺や滋賀県の石馬寺(いしばじ)に巨像の明王が一体だけの例があります。

本堂の前からは少し高台にある三重塔の優美な姿を下から見上げることができます。上層になるほど屋根を小さくしていることから落ち着いた安定感も感じさせます。写真は下から見上げるように撮影することをおすすめします。周囲の緑と調和した絶景になります。
小浜を訪れた際はぜひお立ち寄りください。
こんなところがあったのか。
日本にも世界にも、唯一無二の「美」はたくさん。
明通寺
https://myotsuji.jimdo.com/
原則休館日:なし
※仏像や建物は、公開期間が限られている場合があります。
